ホワイティうめだの時計は確かに21時過ぎを指していた。にもかかわ
らず人はまばらで、まるで23時過ぎのよう。そしてキックオフ1時間
近く前だというのにスポーツバーには人が溢れていて、店の外に
テーブルを並べて皆青いユニフォームを着ている。
ワールドカップは街の様子すらも変えてしまったのだ。
サッカー熱がそんなに高くない大阪でこれだから、他の街ではもっと
凄いのかもしれないが。
今から16年前、1990年にイタリアでワールドカップが行われた時に
当時猛威を振るっていたイングランドの凶暴なサポーターフーリ
ガンを見てとある芸能人が「私もフーリガンになりたい!」と雑誌
のコラムに書いていたのである。
しかし、そこから3年後日本サッカーはドーハの悲劇を経験し、
1998年フランスではじめてワールドカップの舞台を踏んだ。
その後2度アジアのチャンピオンになって、今回3大会連続の
ワールドカップを迎えることができたのである。
1990年の時日本はなんとアジア1次予選で敗退しており、ワールド
カップもサッカーファンだけのものだったのだが、現在では都会の人
通りを減らしてしまうほどの国民的行事になってきたのだ。こんなに
短い間にここまでサッカー界を激変させた川淵キャプテンはじめ
関係者達は本当にいい仕事をしてくれたと思う。
今日の1敗は本当に痛いけども、長い歴史の中で見ればたいしたこと
ではないだろう。むしろ大舞台での日本の選手のプレーに一喜一憂
できることを幸せに思いたい。
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