2006年06月12日

大阪梅田21時過ぎ

ホワイティうめだの時計は確かに21時過ぎを指していた。にもかかわ
らず人はまばらで、まるで23時過ぎのよう。そしてキックオフ1時間
近く前だというのにスポーツバーには人が溢れていて、店の外に
テーブルを並べて皆青いユニフォームを着ている。

ワールドカップは街の様子すらも変えてしまったのだ。
サッカー熱がそんなに高くない大阪でこれだから、他の街ではもっと
凄いのかもしれないが。

今から16年前、1990年にイタリアでワールドカップが行われた時に
当時猛威を振るっていたイングランドの凶暴なサポーターフーリ
ガンを見てとある芸能人が「私もフーリガンになりたい!」と雑誌
のコラムに書いていたのである。

しかし、そこから3年後日本サッカーはドーハの悲劇を経験し、
1998年フランスではじめてワールドカップの舞台を踏んだ。
その後2度アジアのチャンピオンになって、今回3大会連続の
ワールドカップを迎えることができたのである。

1990年の時日本はなんとアジア1次予選で敗退しており、ワールド
カップもサッカーファンだけのものだったのだが、現在では都会の人
通りを減らしてしまうほどの国民的行事になってきたのだ。こんなに
短い間にここまでサッカー界を激変させた川淵キャプテンはじめ
関係者達は本当にいい仕事をしてくれたと思う。

今日の1敗は本当に痛いけども、長い歴史の中で見ればたいしたこと
ではないだろう。むしろ大舞台での日本の選手のプレーに一喜一憂
できることを幸せに思いたい。

Posted by junn at 2006年06月12日 23:58